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2008年4月 4日 (金)

4月4日

080403_10300001 きょうは4月4日、昨年ここで書いたように三田くんの命日です。
http://pinno601.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/44_9cc6.html

この季節、暖かくなっては来ているものの、低気圧の通過後は三河湾でも波頭が無数の白ウサギが跳ねるように見え、長崎と三河湾の違いがあってもそんな日は、よりあの日のことが思い出されます。

彼とは同じクラブに入っていたものの、彼が入部したのはこの合宿の少し前で、それまではあまり話したことはありませんでした。

鳥取県の倉吉の出身、パチンコが好きだったそうです。あの時迎えに来られていたお父さんは、いまの私と同年代だったはずです。その後、お母さんが心労で亡くなられたと聞きました。あの頃でも、全くやりきれないような気分になったものですが、今この年になるとなおさら親の心というものが察せられます。

080403_10320001  きょうの三河湾は、あの日とはうって変わったような穏やかな春の海。久しぶりに昔を思って、海岸徘徊をしました。合掌。

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コメント

たいへん悲しい思い出がおありなんですね。
親父さんの中ではいつまでも若いままの
三田さんがいますね。
おりにふれ思い出すことはご供養になるでしょう。

投稿: おーちゃん | 2008年4月 5日 (土) 10時26分

そうなんですよ、19歳でしたからね、かなり衝撃的な出来事でした。一年に一回だけですが、思い出すことが供養になると思っていますし、このようにブログでも書かせていただいています。

あの時に部員が20名ほど現場にいましたが、みんな4月4日の事は忘れないでしょう。

投稿: からっぽ親父 | 2008年4月 5日 (土) 14時55分

NHKの四国版で秋山 真之と正岡子規の交流を取り上げた番組がありました。
松山から東大へいった仲間がもう一人いたのですが、栄養不良から脚気になり19歳で亡くなったそうです。
秋山と正岡はこの友人の死をたいそう悼み、自分が有名になることにより、この友人の名もあげると決意したそうです。

若い時分に友人の死に遭遇するということはまた特別な思いがあるのでしょう。

投稿: こびんす | 2008年4月 5日 (土) 15時25分

我々の中では、残念ながら偉い方は出ませんでしたが、皆それぞれにこの事故のことを引きずっているだろうと思います。

一緒に潜ったF先輩は何年経ってもみんなで酒を飲んでその話になると泣き崩れていましたから。彼の責任ではないのですけどね。

投稿: からっぽ親父 | 2008年4月 6日 (日) 07時18分

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