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2008年10月16日 (木)

高天神城

Takatenjin510月11日 実家へ帰ったついでに、かねてより一度訪ねたいと思っていた【高天神城跡】へ行ってきました。

ご存知のように、今から400年以上前に武田軍と徳川軍が争った、いやそれ以前だと今川軍ってこともありましたか。つまり戦国時代には非常に重要な地点だったんでしょうね、その城跡です。

搦手門(北)の駐車場に車を停め、歩いていくと鬱蒼と木が茂り、次第に急な階段となってきます。あちこちに看板が建っていて、当時の位置関係を示してくれているのでありがたいです。
Takatenjin2 ここの地点は、海抜100メートルクラスの丘のようなものだと思っていたのですが、地形が非常に厳しく城の通路以外は簡単にあがる事ができない要害といっても良い城だと思います。ちょっと馬鹿にしていたのですが、認識を変えました。

Takatenjin4 この辺が本丸のあったところらしいです。1581年に家康によって落とされて以来、ここは城としては使われなかったそうですから、往事の面影は土塁や切り割りだけにとどまっているようですが、神社があったために開発されずに残されていたんでしょうね。

さて、上の大きな地図と年表にこのような記述がありました。
Takatenjin3 『家康楞厳地山に登り城地監臨する』

つまり、ここから西の高さ200メートルくらいの山から、高天神城攻撃の前に視察したという事でしょうか?これは、そこまで行ってみなければいけないと勇んで出発しました。(ほんとうはそれほどでもないのですが)

高天神社裏から展望の良い馬場平を通ると、西に両側が切り立った尾根が続きます。先程も言いましたが、低山にはない厳しい痩せ尾根で、枯れ葉などに足をとられたら大けがをするような場所が多いですね。言い伝えによると、落城の際に馬で駆け抜けて、信州に知らせたとありますが、とても馬で通れるような場所ではありません。
Ryougonjiyama2

植生は海に近いためか、ウバメガシとヤマモモが多く、その下にアセビやミヤマシキミなどの低木が見えます。下を見ると恐いくらいの断崖です。

40分ほどなだらかな尾根を登ると、220メートル付近が頂上のようです。見晴らしも何もなく、尾根の延長のように見えます。ここで、家康が高天神城を視察したのでしょうか。
Ryougonjiyama1 この辺は小笠山の東端になるのでしょう、まだ先に道が続いているようでしたから、そちらの方へ行けるのかもしれません。

それは次の機会に。

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