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2009年8月11日 (火)

清水一学

Itigaku1 私の仕事場から、県道41号線に出て、東に15分ほど走ると吉良町宮迫(みやば)という地域がある。

ここは知る人ぞ知る、清水一学(しみずいちがく)さんの出身地であるという。

一学さんは『忠臣蔵』などでは恐らく吉良家で上野介義央を守る剣客として描かれているのだろうが、元々はこの地区の百姓の子『藤作(とうさく)』であった。

池波正太郎さんの短編『清水一学』では百姓の子藤作が吉良の酒屋へ奉公に行き、商いの修行をしていたが、殿様の気さくな性格を慕って、直接家来にしてくれるよう直訴したことになっている。

その後江戸で剣術修行をして、頭角を現したことになっているが、実際の所、赤穂浪士の討ち入りの際には、いくら鎖帷子などで武装していたとはいえ、赤穂浪士の使者は一人も出ていないのであるから、献納で蛾ずば抜けていたとは言えないのではないだろうか。

小説では、勅使の饗応役として、融通が利かず何事も経費を惜しむ浅野内匠頭に吉良上野介が、指南役として手を焼き、揶揄したことを真に受けての刃傷沙汰だったとしている。

全般に、吉良上野介に好意的な小説で、歴史的な背景からはこれからこのように理解されることが多くなってくるだろう。
Enyuji1 大きな松の木が二本、遠くから見える『円融寺』。この松の木はその昔は『吉良の五本松』といって、吉良町指定の天然記念物だと言うが、今はマツクイムシにやられて二本しか残っていない。

枯れた松を切り倒すときに年輪を数えたら四百数十年経っていたと看板に書いてある。
Enyuji2 寺の裏手の丘の斜面が墓地になっていて、そこに清水一学さんのお墓もあるというので行ってみたが、お盆が近いことで檀家の方がお墓の掃除をしていたので、遠慮して帰ってきた。

またいつか手を合わせに行ってこよう。

ちなみに忠臣蔵などでは「しみずいっかく」としている場合があるが、これは間違いらしい。
Enyuji3

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