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2009年12月 5日 (土)

帰省

Tombe1 10月に実家へ帰ったときに親父がどことなく元気がなく、いつもなら畑や納屋で仕事をしているのだが、部屋に閉じこもってしまっていた。

そこで、先週末もう一度、新鮮な魚をたくさん持って帰省した。

結果的には、酒こそ飲まなかったが、持っていったガザミや海老、カレイの刺身を美味しそうに平らげていたので、あまり心配はないだろう。

父母とも、大正11年生まれだから、87?88?まあいつお亡くなりになっても不思議ではないが、自分のことは自分で出来、頭もしっかりしているので、その間だけは長生きして欲しい。

翌朝、みんなで昔のアルバムを見ることに。

親子として暮らした月日はたったの18年であるが、何故か親子ってのは不思議と繋がりが深い。やはり、自我が形成されない、弱い時期に守ってもらっていた為であろうか。

この写真、かなり昔で私はまだ小学生になっていないのではないか。牛のロープを縛っておく柵に登っている。後ろにはサイロがあり、その後ろが牛小屋で、二階は藁を貯蔵しておく納屋。その藁で、祖母や母が筵を織ったり、縄をなったりした。
Tombe2 なにしろ、私の髪の毛が長かったという記憶はほとんどないし、この写真での弟はかなり小さい。親父の顔は、なぜか今とあまり違わない。
Tombe3 うぅ~ん、小汚いガキだなぁ~。

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コメント

写真を見て、久しぶりに大爆笑しましたhappy02
祖母と私がよ~く似てることも実感しましたnotes何度見ても笑えるねnote

投稿: からっぽ娘1号 | 2009年12月 5日 (土) 19時24分

わ~い!とても可愛いですね。
親父さんはおかあさん似みたいですね。
ご両親がそろってお元気で何よりですねhappy01

投稿: おーちゃん | 2009年12月 5日 (土) 23時18分

小汚いかどうかは別にして おぢちゃん、そのまま大きくなったって感じやね。この写真にマジックで眼鏡を書いたら 今の顔で通用するで、きっと。

投稿: 赤い人 | 2009年12月 6日 (日) 00時14分

写真は、やっぱり、ありがたいものですね。
まだまだ遅くはありません、いろんなところを、どんどん写しておきましょう。

投稿: ばんどり | 2009年12月 6日 (日) 10時20分

皆様、コメントありがとうございます。

一番上のコメントは我が家の長女で、これは私が見ても、私のお袋に似ています。で、私はお袋に似ていると言われています。

私には6つ年上の兄がいて、男ばかりの三兄弟だったのですが、当時はまだみんな小さくて、お金もかかりませんでした。したがって、米とお茶、2頭の乳牛だけでなんとか暮らせたのでしょうね。

ばんどりさんのおっしゃるとおり、いろいろなところを写しておくべきだったですね。ただ、残念なのは昭和40年代後半から、50年代前半のカラー写真は非常に質が悪く、ほとんど残りませんね。
白黒写真の方が良かったのかもしれませんが、その頃では分かりませんし、とても残念です。

投稿: からっぽ親父 | 2009年12月 6日 (日) 17時48分

ふっくらとしたほっぺが可愛いです。なつかしい風景です。

投稿: こびんす | 2009年12月 7日 (月) 20時12分

私にも子供の頃があったという数少ない証拠ですね。

まだ写真というものが貴重な頃でしょうから、かなりおしゃれして撮っていたと思うのですが、この程度です。

記録という意味でなら、今より積極的に写真を撮っているのではないでしょうか、今の私なんぞは、いつ自分の写真を撮ったか記憶がないくらいです。

そういえば、カラー写真が出始めの頃って将は40年代の中頃だったでしょうか?1枚の写真が70~80円くらいしたような記憶があります。

投稿: からっぽ親父 | 2009年12月 8日 (火) 08時09分

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