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2024年6月22日 (土)

授業料値上げ?facebookより


昭和47年、大学に入学したら「授業料値上げ反対闘争」をやっていて、立て看板やアジ演説で学内が騒然としていました。値上げは私が入学した時からで、すでに決まっていましたが半期六ヶ月だけは、旧値の授業料でした。
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その時の授業料がいくらだったかと言いますと、一ヶ月1,000円が3倍の3,000円になるというもの。その頃でもずいぶん安かったんだな〜と思ったものです。

今は年間50万円台ですか、値上げ率としてはかなり大きかったんですね。もう子供の代を通り越して孫の代になってしまいましたが、貧乏人でも学ぶ事ができる大学は欲しいですね。
しかし、今は当時のような学生運動もないに等しいでしょうし、苦学生ってのもほぼ死語になってしまっています。
学生さんは、授業料よりスマホの料金や生活費が上昇してしまい、そちらの方が苦しいって事が実情ではないでしょうか。
昔のことを言えば鬼が笑うと言いますが、何かにつけて贅沢になってきたことは確かです。
大学4年生の頃は、卒論のため実験場に寝泊まりして、共同生活をしていたことがありますが、その時新任の教授が実験場に来られて、ご家族が来るまで食事を共にしたことがあります。その頃は、学生・大学院生・研究生が交代で炊事当番をして、一日にかかった食費を徴収するというシステムでしたが、その教授も炊事こそしませんでしたが、参加して一緒に食事をしたものです。
卒業して10数年経ち、その教授の退官記念の会に呼ばれて、話を伺ったところ「今の学生さんは、自炊なんてしないよ。仕出し弁当を取ってそれでお終い」と仰っていました。
夕方近くになると、暇な人間が裏の海岸に潜りに行き、タコやワカメ時には黒鯛なんかも突いてきて、夕食の時の酒盛りの肴にしたものですが、先生はそれをとても喜んで懐かしがってくれましたね。
もちろん厳密な意味では密漁ですが、近隣の漁師さんも何も言わなかったし、巻き網の船が入れば獲物をバケツいっぱいいただくことが良くありましたね。
その頃の生活に戻れというわけではありませんが、学生さんと社会人に少しぐらいは生活の違いがあっても仕方ないと思うのですがね~。

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コメント

内容とは違いますが、中日新聞が静岡県を東海地方に入れていないのは知っていましたが、今は中部地方にも入れたくないようです。

投稿: からっぽ親父 | 2024年6月22日 (土) 10時31分

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