2008年2月25日 (月)

どぶろく祭り

Doburoku1昨日、久しぶりに【どぶろく祭り】へ行ってきました。場所は大府市長草天神社。故事謂われなどは大変無精で申し訳ありませんが、そのまま長草天神社で検索していただければ沢山出てきます。

祭りが開催されるのは、毎年2月の25日直前の日曜日ということで、今年は昨日2月25日でした。
Doburoku2 猩々(しょうじょう)と呼ばれる真っ赤な大男が町内を練り歩いていました。猩々は2匹いや2人いるようでしたね。持っている棒で頭を触ってもらうと「徳」を授けてもらえるとか、ボケ防止にやってもらえば良かったです。

Doburoku4_2 祭り自体は午前中から行われているのですが、どぶろくが一般に振る舞われるのは12時からです。以前は盃を貸してくれたのですが、衛生的な見地からそれを止め、1個200円でこの梅花盃を購入することになったようです。記念になるので大賛成です。
Doburoku8 看板には「お車を運転の方御神酒(どぶろく)は飲めません」と書いてありますが、当然のこと、私は娘が送り迎えをしてくれましたよ。
Doburoku5 これまた当然ですが、子供も飲むことはできません。どぶろくを注いでくれる人と話ながらお代わりをするお爺さんもみかけました。
Doburoku6 盃を購入する際に、車を運転して来たのではないという申告をすると、飲酒運転撲滅のステッカーをくれるので、それを目立つところに貼っていないとどぶろくをいただけないそうです。
Doburoku3 今年のどぶろくは17.3度日本酒度-8.0甘口と書いてありましたが、飲んでみると、あまり甘くは感じませんでした。濃厚で、一度に飲んでしまうのが惜しいくらいの美味しい酒でしたね。中には何度もお代わりをして、猩々のような真っ赤な顔をした方もいましたが、私は三杯いただきました。
Doburoku7 救急車で運ばれる人の胸にもステッカーが貼ってありましたが、この辺で倒れるとそうでなくても飲み過ぎじゃないの~?と疑われてしまうので、気を付けなければいけませんね。

ではまた来年。

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2007年9月20日 (木)

岸田劉生展

Kishidaryusei 今、近くの美術館で『画家 岸田劉生の軌跡』と題して彼の展覧会が開かれているので行ってきた。近くといっても歩くと30分ほどあるので、残暑厳しき折(9月16日)半分ほど歩いたところで車で来れば良かったと後悔をし始めた。

会場内は混んでもおらずさりとてガラガラで閑古鳥が鳴いている、というほどでもない程度の入りであった。

岸田劉生といえば、愛娘を描いた【麗子像】であまりにも有名。小学生か中学生の頃の教科書に載っていた絵は楳図かずおの漫画に出てくる人のようでちょっと不気味であったという想い出がある程度。

驚いたのは、愛娘を描いた絵が一枚ではなく何枚もあるということは知っていたが、本の装丁画などありとあらゆる所に麗子さんが描かれている。この愛情というかなんというか・・・・・ちょっと驚きである。

というわけで、油絵から水彩、装丁画、版画、エッチング、掛け軸などに挑んだ方のようで38歳という生涯はあまりに短かったと言えよう。ところで、麗子さんはその後どうしたかと興味を持ったのでネットで調べてみたら、やはり画家になっていたらしい。ただ、彼女も48歳でなくなっており、その娘さん岸田夏子さんがやはり洋画家となっているとのこと。

会期は10月28日までなのでお近くの方はぜひ足を運んで欲しい。

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2007年8月 6日 (月)

御朱印

Gosyuin1 以前、年に一回お客様を連れて団体旅行をしていたことがある。その時に神社仏閣へ寄るとご年配の女性たちが、お詣りが終わった後に、小さな帳面を持ってあちこちをうろうろ探していることがあった。聞いてみると、「御朱印をいただけると子があるはずだ」というので、一緒に探したことがある。

たいていは社務所とか、お守りお札を授けてくれるところにあるのだが、結構さがしにくいところもある。

無事、御朱印をいただいてからバスに乗り話を聞いてみると、「その昔は、納経した印にいただいたものだが、今はお詣りをしていただく」のだそうだ。だいたい、一回が300円くらいで、御朱印帳という専用の帳面に神社仏閣の名前、お詣りした日などを毛筆で書き朱印を押してもらう。「私が死んだときに棺に入れてもらう」と言うから、成仏できるものなんだね~と、御朱印帳を見せてもらった。各神社やお寺によって書体は変わるが、実に美しく、日本人の心の原点を刺激してくるものだ。

Gosyuin2 それから数年、私もお寺や神社を訪ねるたびに【御朱印】をいただくようになった。すると先日、遠州法多山でいただいた際にこのような紙が挟んであった。

御朱印を単なるスタンプ帳として、お詣りもせずに集めまくる輩がいるらしい。

まあ、私とて納経をするわけではなし、拝むときにお経を詠むわけでもないが、せめてそこの神社仏閣の成り立ちや謂われを考えながら手を合わせることにしている。

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2007年8月 1日 (水)

昨日の続き

Mando1 実のところ、夜は晩酌をやるので出かけるのは苦手だ。焼酎のお湯割りをちびちびやっていたら女房が「でかけるよ」と言ったので、重い腰を上げた。一つどうしても確認しておかなければならないことがあったのだ。

それは、広五の大万燈の新作、蛇が昼間は白蛇だが夜になると青蛇になると、どこかで聞いたからである。

昼間の白蛇は確認したので、夜の蛇はどうだろうと見てみると確かに見事に幻想的な青蛇である。しかし、これは写真を撮る人間泣かせ、Mando2_2 ストロボを強く焚くと、中の光が押さえられてしまうので、元の白蛇に見えてしまう。 そこで、動きが少ない時を見計らってストロボを発光させずに撮ったのが上の写真。発光させたのが下の写真である。

やはり、万燈は光が命、来年は三脚を持参して写さなければいけない。Mando3

では、最後に元気の良い若い衆の写真をアップして今年は終了。来年も頑張ってね~♪

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2007年7月31日 (火)

2007万燈本番

Mando1 万燈祭を構成するのは、いくつかの万燈はもちろんのこと、先頭の高張り提灯、山車と呼ばれる太鼓を載せた囃子台があり、(これには角万燈とその上に傘鉾が取り付けられている。)Mando2 町内を練り歩く。

しかし、祭上はなんの関係もないのだが、真夏の祭典で、しかも若い衆が踊りまくり跳ねまくるので、水分や塩分の補給は欠かせない。しかも、現在の万燈は夜間バッテリーの灯りで美しい光を発しているので、その補給のバッテリーも欠かせない。

そこで各町、世話人さんと呼ばれる町内の役員さんが万燈行列の後ろに待機してリヤカーに全ての機材や資材を積んで、若い衆の安全につとめている。そして、今年の広五のリヤカーは大笑い。なんと、暖簾や提灯が付いた屋台風になっているのである。(上の写真製作者のHさん)これは、大受けすること間違いなしと写真を撮らせてもらった。
Mando3 出発前には若衆頭からみっちり礼儀やマナーに対して注意が促される。

Mando4 さ~て、町曳きに出発、きょうは風が強くて大変だ。

夜にまた見学に来るね。

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2007年7月17日 (火)

本番間近(2007刈谷万燈祭)

Mandorensyu1 台風一過の日曜日、いつになく激しい太鼓と笛の音に誘われて、広五の練習場に来てみたら、やはり今日は参加人数が多い。やはり本番の二週間前なのでそわそわ落ち着かないところなのだろうか。

一昨年の「大蛸」も練習用で大活躍である。こうやって保存しておけば、新人の練習特にバランス感覚を養うにはもってこいであろう。あいにくの台風の吹き返しでベテランも苦労していた。

この練習が終われば、来年の新作を作るために解体されてしまうのだろう。蔵には昨年のもの今年の新作、そしてこの一昨年の大蛸とあるわけだが、ビリビリに破れたとはいえ3つが揃っていることはほんの一瞬のことなのだ。

きょうは台風一過だが強風、万燈は風にも雨にも弱い。本番はぜひ平穏な日であって欲しいものだ。

本番にはぜひ写真を撮りに出かけたいと思う。その時にはまたここで披露したい。

Mandorensyu2 では世話人の皆さん、若い衆、頑張ってください。

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2007年7月 1日 (日)

2007刈谷万燈祭・3

Mando1_2 【広小路五組】の今年の大万燈の題材が何か聞いてなかったので、再度お邪魔をしてきた。6月の終わりから、笛と太鼓の練習が始まったということで、若い女性の笛や子どもの太鼓でにぎやかになってきた。

子どもたちはここで若い衆や大人の叩く太鼓のリズムをしっかり脳内に記憶していくのだろう。

笛と太鼓の音が町内に流れ出して一ヶ月で本番である。少しずつ祭に向かって盛り上がっていくのだろう。

Mando2_1 万燈蔵ではM君が一人で色を入れていた、大きな体ではあるが細かい仕事も得意なようである。

さて、今年の題材であるが、下絵が飾ってあったので撮らせてもらった。

Mando3_1

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2007年6月26日 (火)

2007刈谷万燈祭り2

Mando1_1 5月17日にお邪魔したときには既に紙を貼り始めていた【広小路五組】の万燈蔵を訪れた。

予想通り紙は全て貼られ、蝋引きの真っ最中。一部色も入っている。

蝋引きとは色づけの前に模様の線を溶かした蝋で描いていく作業である。こうすることによって、色づけをした際に色が混じったり、にじんだりせず、しかも燈が入ったときに鮮やかに浮き上がるのだという。
Mando3 簡単そうに見えるが、蝋なので温度が低くなれば伸びないし、細かい模様のところでは線が太くなってしまっては台無しである。

蝋引きの時は、蝋の溶ける匂いが蔵一杯に立ちこめている。Mando2

2007年刈谷万燈祭
新楽 7月28日(土)
本楽 7月29日(日)

とのこととであるが、また今年のテーマを聞いてくるのを忘れてしまった・・・・・。

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2007年5月17日 (木)

2007刈谷万燈祭り

2007mandohiro5 刈谷広小路五組の万燈蔵(まんどぐら)の前を通りかかって驚いた。新作らしき万燈に紙を貼っているではないか。昨年は6月初旬に遊びに行っても、まだ骨組みが完成していなかったので、格段の違いである。

万燈製作は骨組みや電気配線、紙貼りが終了しても蝋引き、色つけなどの万燈の最終的な美しさを引き出す作業が大変である。作業が遅れれば遅れるほど、焦りは出てくるし、暑い夏の季節になって、仕事が遅くなる。今月中に紙貼りを終えることができれば、かなり気持ちに余裕が出てくるだろう。
「頑張ってください、また遊びに来ます」と別れたが、今年の題材が何か聞いてくるのを忘れてしまった。

(前に立てかけてある右が昨年のもの、左が一昨年のもの)

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2006年10月14日 (土)

祭り・・・・・

Matsuri1 先週の土日、実家の父の見舞いに帰省したら、掛川は町も田舎も祭り一色であった。隣のKさんのところに子供の獅子が来るということで、お誘いがあった。その家の子供たちの健康や安全を祈願するものであろう。

この地区の祭りは、部落(大字くらいの単位)で一つの屋台を維持していて、祭りの間中くまなく練り歩く、時々休んでは子供連や婦人連が踊りを披露する、というのが昔からの習慣であった。当然私が小さいときも、祭りの屋台を引くことが、とても楽しみであったが、若い衆といMatsuri2 う時代は残念ながら、この祭りを経験することはできなかった。

掛川の町中は、今年は三年に一度の大祭りでさらに賑わっていた。大祭りでは通常の屋台のほかに、仁藤町(にとうちょう)の大獅子や瓦町の「かんからまち」などの出し物もでる。

日曜の午前中、暇だったので女房を誘って、町に出てみた。車が乗り入れられないので、昔、二俣線と言っていた、天竜浜名湖線で約10分、高校生時代に私が通学に使っていた鉄道だ。

Matsuri3 掛川から、ぐるっと奥浜名湖を回り、新所原というところまで行く。

駅を降りても、車が全く通っていないので通常より静かなくらいだ。少し歩くと、笛や太鼓、鉦の音とともに屋台が練り歩いている、数十台の屋台が集まると言うから、圧巻であろう。

大獅子はどこかと探したら、今は各町の出し物は、神社で奉納中とのこと、それではと神社まで歩くことにした。

Matsuri4 神社では、ちょうど獅子が舞っている最中、子供の頃のイメージと違って小さいんだなぁ~と思っていたら、この獅子の後ろに大きな獅子の頭が見えた。

この獅子でも決して小さいわけではない。頭と、胴体の中で体を竹の棒で支えている人、周囲を押さえる人で30人は必要であろう。

大獅子ともなると、百数十人で構成されているという。ただ、歩くだけではなく、見事に舞わなければならない。

Matsuri5 眠っていた獅子は、奉納の番が来ると数メートルの竹を持った若者が少しずつ体の中に入って、獅子に魂を吹き込むようだ。この体に入る若者は、町内だけでまかないきれるものではなく、学生のアルバイトを募集するとのことであるが、とにかくハードなことで有名なアルバイトのようだ。

舞が始まると、獅子はまさしく生き返って、時に小さくなり時に境内いっぱいに広がる。

写真を撮る方も本当に難しく、獅子の顔が下向きになったときはあまりさえない写真になってしまう、きりりといい顔に撮ってあげたい。

Matsuri6父の容態は、少しずつ快方に向かい、来週には外泊して退院の日取りを決めるとか、まずは一安心。

私にとっては久しぶりの祭り見物ができて、満足な一日であった。

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2006年7月10日 (月)

刈谷万燈祭・2

Mando1 万燈祭の準備を見に再び広小路五組の万燈蔵を訪ねた。既に紙貼りをほとんど終え、下絵、蝋引き、色つけが順番に行われていた。

下書きでは炭やコンテで模様を描いていき、その線の上を溶かしたをつけた筆でなぞってゆく。こうすることによって、色を付けた時の境界がぼやけずに鮮明になり、祭本番で万燈に灯が入った時、光がきれいに通るんだそうだ。緑色の龍の鱗の境界が光っているのも、蝋引きの効果である。

上部中央の紙が貼ってないところが顔になる、その直ぐ左が龍の顔、色が付いてくると少しずつ全体像が浮かび上がってくる。

最初に訪れた時に案内してくれた、骨組みの責任者Sさんの姿がないので聞いてみたら、骨組みの完成間近に倒れて入院しているのだという、万燈製作のリーダー的存在だったので、他の皆さんのショックも大きかったという。一刻も早い回復をお祈りする。

3時からは笛や太鼓の練習も行われ、町中の気分は少しずつ盛り上がって行く。

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2006年6月 3日 (土)

万燈祭

Mandotako_3 「天下の奇祭」と唱われる刈谷市の万燈祭りは安永7年(1778)に五穀豊穣・町内安全・火難防除を祈願する祭りとして始まったという。現在では市内の7町が竹と和紙で作った万燈を7月の最終土日に競うことになっている。

Mandotakegumi 各町には「万燈蔵」と呼ばれる万燈の制作場所があり、町内の古老や有志が集って万燈を制作している。きょうは「広五」と呼ばれる広小路五組の万燈蔵にお邪魔してみた。
万燈は木の台に竹で骨組みを立体的に作り、和紙を貼ったあと彩色して仕上げる。
題材は、武者絵、歌舞伎絵などからとり、勇壮なものが多い。
万燈は言ってみれば大きな提灯であり、当然夜には灯が入ってとても綺麗なものになる。大きさは高さ4mにも達し、重さも60kg前後ある、それに昔ではロウソクの灯であったが現在では電球なのでそのバッテリーの重さも加わることになる。もっともロウソクの灯では倒れた時に燃えてしまうという事もあったんだそうだ。それを一人で担ぎながら踊る勇壮な祭りである。
Mandoshitagaki 今年の広五の題材は「孫悟空」だとか、どのように出来上がるか楽しみなのでまた時々覗かせていただこう。今年の万燈祭は7月29日(土)30日(日)である。

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