2018年6月 6日 (水)

道路元標

 私の家から5分ほど歩いたところに、このようなものがあります。『刈谷町道路元標』

Douro  大正時代に日本の各市町村に設置された道路の起終点を示した標識だそうです。殆どが市町村役場の前か市町村を通る主要な道路同士の交叉点に設置されていた。そうです。

ここは現在銀座という地名ですが、設置された時は本町13番地先だったそうです。今は市役所も刈谷駅も遠いところにありますが、その当時はこの近辺が刈谷市(町)の中心地だったようですね。

| | コメント (0)

2018年6月 4日 (月)

いもかわうどん

 刈谷市の北部、運動公園近くに『きさん』という、うどん屋さんがあるので食べに行ってきました。ここでは江戸時代に「いもかわうどん」という平打ちのうどんが出されていて、一時途絶えていたものを2007年に地域振興の方々が復活されたとのことです。

 愛知県では平打ちうどんと言えば『きしめん』が有名ですが、言わばその元祖だと言われていますし、関東地方で『ひもかわ』と呼ばれる平打ち麺も、「いもかわ」がなまったものだと言われています。
『東海道中膝栗毛』や『好色一代男』でも紹介されているそうです。ちなみに「いもかわ」とは芋川という地名だそうで、近くに芋川遺跡という縄文時代の遺跡があります。
Kisan1  私と女房は味噌煮込みのいもかわうどんを頼みました。ちょっと、麺から出してみましょう。
Kisan2  見た目は完全にきしめんですね。まあ食べてみても明確な違いがあるのかは分かりません。しょせん小麦粉で作ったものですからね、こういう言い方は研究して復活させた方には申し訳ありません。ただ、とても美味しいことは確かでした。特に八丁味噌とは良く合います。
Kisan3  孫のみちたんが前日にさりげなく「一緒に行こう」という私の言葉を覚えていたので、一人だけ連れて行きました。みちたんは子供うどんと、フライドポテト、いもかわうどんを食べました。いも川うどんも気に入ったようです。

| | コメント (0)

2018年3月13日 (火)

青函トンネル

 きょうは青函トンネルが開通して30周年だそうです。

 実は25年ほど前、一度だけ青函トンネルを通ったことがあります。その頃、年に一度、お客様を連れて2泊3日の旅行をしていたのですが、北海道と言えば飛行機旅行ですが、列車で北海道に渡ってみようという企画をしてみました。愛知県から新幹線とバスを使い、福島県の磐梯熱海温泉で一泊、その後、東北道を北上して青森からJRに乗り換え、青函トンネルを通って函館へ。湯の川温泉で一泊して函館から飛行機で帰ってくるというルートです。
 青函トンネルの感想はと聞かれても、何も見えないから「トンネルでした」というだけです。この年は未曾有の冷害で東北地方始め、米の凶作が騒がれた年でしたので良く覚えています。
 それにしても贅沢な旅行をさせて貰ったものです。

| | コメント (0)

2018年2月24日 (土)

あれれ?

 あれ、みんみん何を真面目な顔をして

Hawai  ところで、お前どこに居るの?

| | コメント (0)

2018年2月16日 (金)

韓国トイレ事情

 ピョンチャンオリンピックが連日報道されていますが、韓国のトイレ事情はちょっと特殊なようですね・・・つまり使用後の紙はトイレに流すのではなく、備え付けのゴミ箱に入れるんだそうです。つまり便が付着した紙を流さないで、溜め置くということらしいです。そうです臭いし衛生的ではありません・・・その後どこへ捨てるのか気になるところですよね。水洗便所の体をなしてないということです。

 その理由が、配水管が細いだの、韓国のトイレットペーパーが水に溶けないだの言われていますが、実際のところそんなことはないのだそうです。紙を捨てて良いと言うことにすると、トイレットペーパー以外のものもトイレに流してしまうため、詰まってしまうことが多いとか・・・
 またどこのガイドか分かりませんが『韓国旅行ガイド』というものに「第二次大戦中に日本軍によるソウル大空襲で下水道などのインフラが破壊し尽くされたため、
都市部でも下水道が未整備なところがあるということも大きく関係しています。」と書いてあると聞きますが、これは大きな間違いでしょう、第二次世界大戦中は韓国は日本だったのですから、日本軍が爆撃するはずがありません。どこで調べてもそんな事実はありません。日本は武力で韓国に侵攻した訳ではありません、第二次世界大戦でも韓国と日本は戦っていません。おそらく、韓国の方々のメルヘン的な創作話なんでしょうね、事実をねじ曲げて、「嘘も百回言えば真実になる」を信じているんでしょうね。
 しかし、一流ホテルでも同じようなトイレ事情なんでしょうか?私はソウルオリンピックの前年、韓国に行きましたが何も知らなかったからか、普通にトイレに紙を流していました。もしかしたら、その後詰まっていたのではないかと心配です。

| | コメント (0)

2018年1月15日 (月)

スクガラス

 スクガラスとはアイゴの稚魚の塩辛のことで、沖縄の名物です。アイゴにも色々種類があるでしょうが、シモフリアイゴやアミアイゴを用いていると聞きました。

Sukugarasu  沖縄では島豆腐と呼ばれる沖縄特有の豆腐と共にいただくようですが、同じようにしてみました。とにかく塩辛ですからね、非常に塩辛い。口に中でスクガラスと豆腐が混ざり合い、ちょうど良い味になってきます。
沖縄の海岸の波打ち際で、水中メガネを使って見ていると、小さなアイゴの群れが沢山見えます。これが原料なんでしょうね。

| | コメント (0)

2017年12月 5日 (火)

芋汁

 先日、母の見舞いに掛川へ行った時に産直市で自然薯を買ってきました。遠州人のソウルフード、『芋汁』を作るためです。

Imojiru1  残念ながら天然物ではなく、栽培ものでしょうね、栽培ものは天然物ほどの風味はありませんが、何か昔を思い出させてくれますので、売っていれば買ってくることにしています。
ネットを見ていたらこのようなサイトを見つけました。
掛川観光協会が作っているようです。『掛川いも汁』
作り方はまさしくこのとおり、書いてあるように大人が力を込めて芋を擂るので、子供がしっかりすり鉢を押さえていました。しっかり擂ることによって、実になめらかになりのどごしも良くなります。
ダシの鯖も、一本丸々使い小骨を捨てながら、身も入れ一緒に擂ってしまいます。
Imojiru2 上手に出来ました。

| | コメント (0)

2017年10月 9日 (月)

運動会

 孫のゆずは年中組ですが、ここへ越してきてから初めての運動会です。

 子供の数が少ないし、距離も短いので一つの種目があっという間に終わります。ですから、沢山の種目に出なければいけないので、子どもたちも大変ですね。

 徒競走はなんと一番でゴールイン、脇見をせずにまっすぐに走るのは、負けず嫌いだからでしょうか。

| | コメント (0)

2017年6月12日 (月)

ディズニーリゾート徘徊

 話が元に戻りますが、ディズニーランド近くのホテルに泊まった翌朝、早朝徘徊に出かけましてね。

Disneyland2  良く考えると、東京ディズニーランドってのは、東京ではなくて千葉県浦安市にあるんだそうですね。実は私今まで千葉県って所は足を踏み入れたことがない県でして、鉄道や道路で通過したこともない処女地だったんですよ。お隣の茨城県もそうです。
 ですから歩いてみようと思った訳じゃありませんが、ディズニーランド、ディズニーシー、近隣のホテルをぐるっと一回りすれば面白いかなという単純な動機です。
Disneyland  実際の足取りは地図の薄い青が示しています。濃い青は帰りの車での移動です。あちこちで迷っている徘徊老人の姿が見えてくるような軌跡ですね。一周してホテルへ入ると同時に10,000歩でしたから、7kmくらいでしょうか?
 歩いているとおそらくディズニーランドなどの従業員でしょうか、沢山の方々と会うことが出来ます。多くの方々が表裏で働いてディズニーリゾートを支えているんでしょうね。中には真夜中まで片付けや準備、アトラクションの点検をしている方もいるのでしょう。お疲れ様です。

| | コメント (0)

2017年6月 7日 (水)

東京ディズニーランド

 実は産まれて初めて『東京ディズニーランド』へ行ってきましてね。娘達家族が企画してくれて、最初は乗り気ではなかったのですが、死ぬまでに一度は行っておかなければね、と出かけてきました。

D2  早朝5時に二女一家と共に出発、ありがたいことに天気は良いとのこと、朝の気温も上着がないと寒いくらいです。空気が澄んでいるので、富士山もくっきり見えました。
 途中横浜付近で事故渋滞がありましたが、10時過ぎにはディズニーランドへ入場することが出来、長女一家と合流しました。
D1  一番大きな孫が4歳ですから、アトラクションも限られます。面白かったのはミッキーの家でミッキーに会えるという『ミート・ミッキー』です。50分間行列に並び、ミッキーの家をうろちょろしたら最後にミッキーとご対面・・・・この時我が家の孫達は、ミッキーが怖いと大泣きし始めましてね。ミッキーも困惑したと思いますが、我々も困りました。これは連鎖反応で、一人が泣くとそれに連られて全員が泣いてしまったものでしょう。そうそう5ヶ月のみんみんは何が起きたのか分かりませんから泣きませんでした。
D4  その後あちこちをふらふらしながら、アトラクションをいくつか楽しんで、ディズニーランド内のビュッフェで夕食。これももう大騒ぎでしてね、良い思い出になるでしょう。
 その後夜のパレードを見るために場所取りですが、シートを持って行ってくれたので助かりました。すぐ近くでパレードを見ることが出来て、孫達は大はしゃぎ。キャラクターの名前を連呼する姿は、演歌歌手に夢中になっているおばさん達のようでした。
 しかし今回良く分かったのは、自分が楽しいかどうかは二の次で、孫達の喜ぶ顔や姿を見るのが、一番の幸せだということでした。企画してくれた娘達、疲れているのに嫌な顔一つしないで子どもたちの面倒を見ていたお父さん二人にも感謝です。
D3  帰りのホテルまでのモノレールに乗るまでに、ゆずとみちは爆睡・・・翌朝まで起きなかったので、朝二人で風呂に入ったそうです。
 寝る前に男三人はホテルのラウンジで反省会を開きました。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧