2025年12月23日 (火)

お城再建計画

Facebookを見ていたら、刈谷城再建についてどう思うか?と言うようなプッシュ通知が届いていました。時々このようなプッシュ通知が届きますが、私が刈谷市在住とうたっているからだと思います。もちろん反対ですが、その理由をいつも言っている、箱物だけ作って内容が全く伴わない今のやり方、おそらく作ったら作りっぱなしだと批判してやりましたが、それでおしまい。梨の礫です。
Kakegawajou1

一方、こちら掛川城ですが、身内が関係しているから誉めるわけではありません。その身内が、毎週のようにイベント情報や、テレビの取材などをFacebookで知らせてくれます。先日もお城のすす払いについて投稿がありました。なんとすす払いを一般から募集しているというのです。しかも有料なんて面白すぎますし、大人5名子供10名の募集はあっという間に埋まってしまうんだそうです。
Kakegawa

他にも軽トラ市(けっとら市と称しています)や、抹茶体験などいろいろなイベントで賑わっているようです。刈谷城が再建してもおそらくこのようなイベントがなされることはないでしょうね。掛川城は再建には全て市民の寄付でなされていますし、他にも兄のコメントでこのように書かれていました「掛川の場合は当時新幹線の駅も掛川城天守もみんな市民の寄附だったからね!あのあと掛川駅の木造駅舎耐震工事も市民の寄附、ステンドグラス美術館も鈴木さんというお医者さんから、その前は二の丸美術館も個人の寄付でした。 そんな気風なのかね?」
Kakegawajou2

刈谷市ではなんでも税金でまかなっていますから、おそらく色々な箱物をもり立てて行こうという気持ちにはならないと思いますね。いつも言っている刈谷市歴史博物館が良い例です。大きな建物に何人の人が働き、何人の人が観覧に訪れるのでしょうか?

その兄が今回の中国渡航制限で面白いことを言っていました。このところ連日台湾からの来訪者が来てくれて、とてもありがたい。中国からの来場者は従来からほとんどないので、今回の渡航自粛は全く関係ない。とのことです。兄は片言のスペイン語と英語を話すことができますが、中国語(台湾語)はほとんど知らないので、「ニーハオ」「シェーシェー」「ホワンインツァイライ」で喜んでいただけるそうです。帰る際に天守閣の階段を降りる際に「小心」と声をかけるんだそうです。

 

 

| | | コメント (0)

2025年12月18日 (木)

はとこ・2

以前孫たちのはとこについて書きましたが、掛川の兄より訃報が届きました。奈良県に住む父の従兄弟が亡くなったと、その娘さんからはがきが届いたそうです。父の従兄弟ですから、もうとっくに付き合いがなくなっていても不思議ではないのですが、その方は戦争中に掛川の我が家に疎開していて、父やその弟妹とも親しくしていたんだそうです、ですから祖父母の葬儀にも来てくださり、兄ともFacebookで繋がっていたようです。私も一二度お目に掛かったことがあります。大阪で生まれ育ち、青森に行き、最後は奈良県にお住まいだったようです。

この亡くなった方の母親が私の祖父の妹、我が家が故郷ですから時々里帰りすることがあり、「大阪のおばさん」と呼ばれていました。私にとっては大叔母さんですけどね。

そして、このはがきを下さった故人の娘さん、私にとって「はとこ」なんですよね。一度もお会いしたことがない、はとこ。六親等離れているのですから他人と言っても良いかもしれません。

実はこの大阪を根拠とするはとこが私にはかなり沢山居るような気がします。もう一人大叔父が大阪に居て、そこの子供(父にとっての従兄弟がやはり我が家に疎開していたと聞きましたしね。そちらに三四人、はがきの方に弟が一人、合計五人以上父の従兄弟が大阪には居たようです。

と言うことはその子供はすべて私の「はとこ」となりますが、誰も知りませんし、その方々も自分たちのルーツが静岡県掛川市にあることを知らないかもしれません。

ですから、兄に頼んで我が家のルーツがどうなっていたのか、分かる範囲で調べて記録して欲しいと頼んであります。実は我が家の檀那寺は火事で焼けてしまい我が家の過去帳もそのとき焼けてしまったようです。ですから、詳しく調べるのは不可能ですが、その昔諏訪から二十数軒が移住して聞いて部落を作ったことは確かなようです。そして、明治時代に戸籍法が制定されてからの記録、江戸時代は位牌のみしか残っていませんが何とか、分かる範囲で作って(家系図のような大げさのものはいりません)ほしいものです。これは私の子供や孫たちにも伝えていかなければいけないことですし、前述の大阪をルーツとする「はとこ」たちにも伝わると良いのですが。

| | | コメント (0)

2025年11月25日 (火)

朝ドラ「ばけばけ」

性懲りもなく朝ドラを見ていましてね、今回の「ばけばけ」はラフカディオ・ハーンとその奥さんの物語だとか。主演女優の高石あかりさんは全く知らない女優さんでした。

ラフカディオ・ハーンと言えば小泉八雲、「耳なし芳一」や「雪女」などの古くから日本にあった伝承を記録して翻訳、海外に紹介した文学者だと知られていますがその日本での生活は、全く知りません。もちろん松江に住んでいたことは有名で、焼津にも避暑地として来ていたと、高校生の頃に聞いたことがあります。

放映が始まった当初、主人公の「トキ」が妖怪好きだという設定になっていて、こりゃあ前作のアンパンマン物語と同じような、馬鹿らしい展開になるのかと思ったら、案外そうでもなく毎日(録画も含めて)楽しんで見ています。

しかし、当時の日本では物語以上の偏見は当然あったと思います。今後結婚ともなれば、その辺も詳しく語られるのではないでしょうか。

ところで、トキが最初に結婚した銀二郎と一緒に、宍道湖の水で顔を洗っていたので、友人で松江出身の I君に「松江では宍道湖で顔を洗う習慣があるのか?」とFacebookを通じて聞いてみました。宍道湖は真水の淡水湖ではなく汽水湖だから、塩辛いのでは?と思ったからです。

すると「そんな習慣は聞いたことがない」とのお答えでした。ただ、私の友人が松江で暮らしたのは昭和の時代ですから、本当のことは分かりませんが。

今、ヘブン先生は現在40歳、14年後にはなくなってしまう訳ですから、案外濃厚な史実が語られるのかもしれませんね。

| | | コメント (0)

2025年11月20日 (木)

木挽町の仇討

本屋さんに平積みになっていた文庫本を買ってきました。映画化されると書いてありますので、近年時代劇が映画化されるのは少ないということで興味があったからです。
Adauti

江戸時代、木挽町の芝居小屋近くで仇討があり、その真相を探る人物が、仇討をした若者と芝居小屋に携わる市井の人々の交流を推理小説風に綴った作品です。

推理的な要素があるので、ページは進みあっという間に読んでしまいますが、終わってみれば途中で結末はほぼ見えてしまいますし、後で知ったのですがこの作品、直木賞と山本周五郎賞のダブル受賞だったんだそうですね。それほどの作品だったのかと首をひねってしまいます。近頃賞の質ってものが落ちたんでしょうか。もっと本の中にぐいぐい引きこまれるものがなくてはいけないと思いますね。

映画化するのなら、藤沢周平さんや山本周五郎さんの短編の中に、もっと感動的で面白い作品が沢山あるのに残念なことです。

『イクサガミ』のようなアクション時代劇とは違った、感動的な時代劇映画が見たいと思いますが、この作品は監督さんの腕の見せ所の映画作品となるんでしょうね。別にケチをつけているのではないんですよ。

俳優さんの名前が江本佑・渡辺謙さんとお二人書かれていますが、まさか江本佑さんという方が、仇討をされる若武者?と首をひねってしまいました・・・もちろん違いますよね。

映画は来年二月封切りだそうです。

| | | コメント (0)

2025年9月10日 (水)

牧之原市

静岡県西部生まれの私ですから、牧之原という地名を聞けば、浜松市と静岡市に挟まれた広大な牧之原台地を想像します。そこには明治維新の際に、徳川の幕臣たちが開墾したことで有名です。私は清水の次郎長さんたちも、開墾したと思っていましたが、これは私の思い違いのようです。

牧之原市で竜巻が発生して、大被害を出し隣の吉田町では、一人の方がなくなったと昨日のニュースで盛んに報道していました。「牧之原市」ってどこだろうか???実は、その場所を知りません。wikiで見てみると、平成17年に榛原郡榛原町と相良町が合併してできた市なんだそうです。いわゆる平成の大合併ですね。しかし、相良町という由緒ある名前が消えてしまったのにはがっかりです。

相良町は江戸時代塩の生産も盛んで、ここから信州までその塩を運ぶ『塩の道』が形成されていたことは、歴史的にも有名で、私のブログでも何度も紹介してきました。我が家の婆さんが産まれた生家の裏を通り、その後二つに分かれて、一本が私の母親の生家の前を通り、もう一本が私が生まれた家のすぐ東を通っていました。話がそれましたが、それが遠州森町の手前で一本になり、秋葉山を抜け、愛知県の奥三河を通り、信州まで繋がっていたのです。

そして相良で忘れてはならないのが、『田沼意次』さん、彼が政治を行っていた末期には、賄賂政治の汚名を着せられて、悪政だとの評判を立てられましたが、実際には直後の松平定信一派が立てた悪評だったようで、今では田沼政治は非常に高く評価されているようです。

田沼政治に関して、もちろんあまりよく知らない私ですが、もう一つ彼の功績の素晴らしさ、面白さに『剣術』があります。

ご存じ、池波正太郎さんの『剣客商売』には剣術好きの田沼さんが登場しますし、田沼さんの娘の佐々木美冬は秋山小兵衛の息子大二郎の奥さんになります。シリーズ化されたこの小説は、池波さんが亡くなるまで続き、最後は未完で終わっています。実に残念。

田沼さんの剣術好きは、このシリーズの随所に見られ、いろいろな場面に登場しますが、どうやら実世界でも、田沼さんは剣術好きだったようで、私が高校生の頃、静岡県中部では相良高校と榛原高校が、いろいろな大会で上位に勝ち進んでいましたし、御前崎を含む地域で剣道が盛んでした。七曜旗杯剣道大会ってのもありましたし今でもあるようですね。この七曜紋が田沼さんの定紋ですね。田沼さんが失脚してから300年近くも経っているのに、まだその面影が残っているのがとても面白くも素敵だと思います。

| | | コメント (0)

2025年9月 8日 (月)

クーリングシェルター

先週の月曜日、恒例の孫二人を習字塾に連れて行き、車で待っていたのですが、あまりに暑い。

習字塾をやっている場所が、地域のコミュニティセンターと言って、公民館のような所で、入り口にクーリングシェルターと書いてあるので、おずおずと入ってみた。すると同じように習字の送迎に来たと思われるお母さん方が三人ほどソファでだべリングの真っ最中、奥にも椅子があるので行ってみると、こちらは同年配の男性数人。話している内容が耳に入ってくるので、聞くはなしに聞いていると、お寺の話や、般若心経の節をどう付けるかというようなお話。どうやらこの方々はこの地区の、役員の皆さんのようです。偶然なのか定例なのか、役員会をクーリングシェルターの場所でやっているのに出くわしてしまったわけです。もちろん、私に話しかけることもないし、普通に大人しく文庫本を読んでいましたが、なるほどクーリングシェルターって良いもんだなぁ~と思った。思えば、この地区には現在何の税金も落としていないし、貢献もしていない。しかし、酷暑の日本の夏を、短時間お邪魔して涼を取る。今日も又習字塾があるので行ってみようと思います。
Library1

一方こちらは、今は使っていない『城町図書館』昨年の6月に閉館したときに、せめて夏まで開いてクーリングシェルターにしたらどうだろうか?とこのブログでも書いたが、今年で2回目の夏を超すことになってしまった。
Library2

お役所仕事だから、耐用年数がどうのこうのと言って、市民に開放することはなかったのだが、やっと取り壊すことを決めたようで、足場や工事機械が置かれるようになった。刈谷市のホームページを見ても、何も書かれておらず、取り壊した跡がどうなるのかも不明。
Library3

敷地内にある、由緒ある石碑等は工事関係者が、粉砕してはいけないと「残す」とシールが貼ってある。

さてさて、どうなるのか???楽しみである。

 

 

| | | コメント (0)

2025年8月12日 (火)

大エジプト展

昨日の午前中、はっきりしない天気の中老夫婦は、ゴロゴロと怠惰に過ごしていました。すると、「博物館に行かないかい」という二女からのお誘いがあり、喜んで行くことにしました。

豊田市博物館で『エジプト展』をやっているというのです。そう言えば、前夜の会食の時に娘達がミイラが見たいと話していました。

私にとっての豊田市はあまり馴染みのない町で、その昔一度だけ来たことがある町だというだけで、ごく一般的な方々が思い起こす『TOYOTA』のイメージがあるだけの田舎の地方都市です、しかし金はあるのでしょうね、森村誠一氏の推理小説に出て来そうな、陰謀渦巻く、怪しげな街のイメージです。これは刈谷市も同様ですが、特定の企業が異常に発展すれば、怪しげなことも起きてくるのが普通です。

さて、博物館に着くと、運良く駐車場に車を停めることができ、歩いて会場に向かうと長蛇の列、係の方に待ち時間を伺うと80分待ちだとか。それだけ待って、見学をしてとなると、お腹が空いてしまうと、先に食事をすることになりました。

近くのトンカツ屋さんで腹ごしらえして、博物館に戻ると、先ほどよりは空いていて、30分程で会場に入ることができました。

エジプト展ですから、歴代のエジプト王朝のレリーフや、石像などの遺物が展示されています。しかし、テーマが漠然とし過ぎていて、理解するところまでは行きません。海洋生物のテーマで海岸に連れて来られたような感じです。もう少し時代や人物または王朝を絞ってくれるとありがたいのですけどね。まあこれはブルックリン博物館からスッポリ借りた展示なので、無理もありませんけどね。

入場料は2300円だそうですが、豊田市は偉い、市内在住の70歳以上は無料だそうです。刈谷市の歴史博物館では、実に狭い場所でチンケな特別展をやっても数百円をしっかり取りますからね。

小5のみちたんと小3のカプちんの孫も一緒でしたが、大人しく見学していました。意味は分からないでしょうけどね。

真夏の1日、暇つぶしさせてもらって感謝、感謝です。

| | | コメント (0)

2025年7月26日 (土)

万燈祭

今朝、刈谷球場近くを徘徊していたら、小さなワンコを連れた方にすれ違いざまに「からっぽさん?」(実際には姓を呼ばれたのですが)と声をかけられました、私はこの地区に友人や知り合いが少ないので、あまり声をかけられると思わずに、歩いているのが常です。

すると、近所に住むIさんでした。今50代位だと思いますが、二十年ほど前、この地区のお祭り『万燈祭』に一緒に参加した方です。もっとも、私は地元の人間ではないので、住んでいる集合住宅の役員として、半強制的の参加、彼らは昔ながらの、住民で子供の頃から祭りを楽しんで来た方です。

祭り自体は、参加希望者を募っていて、誰でもウェルカムと言っていますが、田舎にありがちな、排他的な方々も居ます。このIさんは、常に気さくに接してくれて、年上の私にもとても礼儀正しい方でした。ですから、声をかけていただいてとても嬉しく「今日明日と万燈祭だね、頑張ってね」と伝えると「ありがとうございます、また見に来てください」と答えてくれました。

ちょうど毎年、七月の最終週の土日開催ですから、とても暑く、初日の土曜日は毎年熱中症の若者が出ますが、不思議な事に、翌日日曜日には熱中症は出ませんでしたね、やはり慣れなんでしょうね。

またこの時期、夕立が多い時期ですから、雨に弱いハリボテの万燈を守るため、すっぽり被せる大きなビニールが用意されています。

今日明日は雨が降らなければ良いのですが。

| | | コメント (0)

2025年7月18日 (金)

明日は土曜丑の日

明日が土曜丑という事で、一色町の仲の良い鰻屋さんが、鰻を下さると連絡がありました。高価なものでおまけに商売もの、謹んでお断りしたのですが、それなら私の家まで持って行くと仰る。それではお忙しい鰻屋さんに、そこまで手を煩わせてはいけませんので、遠慮なくいただきますと、今朝、一色町へ行って来ました。なんと、うなぎの開きを依頼している方は、早朝4時には開いてしまうと言うので、5時前後に到着するように、行って来ました。

ついでに、さかな村へ寄って来ましたが、このところの悪天候で、何もありません。

そう言えば、一色の市場は土曜丑の日は休日です。一色中の鰻屋さんが、親戚や友人に鰻を無料で差し上げる日なので、魚が売れないから、船も出ないと言われていました。その昔は、鰻養殖業者が200軒前後、関連の問屋さんや、加工屋さんもありますから、確かに町内には鰻が飛び回った事でしょう。

しかし、次第に鰻業界も不景気になり、廃業する方も増えて来ました。現在は、養殖業者も半分以下になってしまいましたから、昔ほど、ただの鰻が出回ってはいないと思いますが、土曜丑は休みという習慣は変えないようです。

6時には帰宅しましたので、そこから鰻を焼きました。新仔と言われる今年のシラスですから、非常に柔らかく家庭のグリルでもフンワリ柔らかに焼き上げる事ができます。

明日は孫たちにも夏バテしないように、しっかり食べてもらおうと思います。

| | | コメント (0)

2025年2月18日 (火)

きょうは雨水

雨水の頃から、空から降るものが雪から雨に変わるという、きょうが今年の雨水です。ところがどうでしょう、雨どころか白いものが日中もチラホラ。北国はまた大雪に注意しなければいけないようです。

先ほど、孫の家に行ったらもうひな人形がでていました。雨水にひな人形を飾ると良縁に恵まれるそうです・・・と毎年言っているような気がします。
Hina

私が孫に買ってあげたひな人形は、うん段飾りという本格的な、ひな人形ではなく、団地サイズと言われるものしか予算がありませんでしたから、それで我慢して貰いましたが、これはまた多治見の幸兵衛窯のペルシャ色絵の焼き物です、これはこれで気に入ってくれているので、同じように飾ってくれます。

我が家には娘達のひな人形がありますが、飾る場所もないので、この焼き物のひな人形を買い求めようかと思っています。

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧