万灯山
西尾市の東のはずれにある万灯山に登ってきた。
この辺はハイキングコースが作ってあり、標識もあちこちにあるので迷うことなく歩くことができる。
山と言っても150メートルくらいの小さなものなので、「野鳥の森」と称するコースを抜けると、アスファルト道に出、少し歩いて山道を登るとそこが頂上。

頂上には古塚のようなものが見えるが、全く説明はない。その辺をうろうろしていると、頂上の東側の林の中に五体の石仏が見えた。石仏の一つ一つに干し柿が供えてある。
例のよっしーてくてく会のプレートを探したが、見つからなかった、代わりにこんな石碑を頂上ではないが発見。叙勲記念だそうだ・・・・・帰ってきてネットで調べたがよく分からない。歌人だろうか?
しかし、こういったものはご自分のお家へおいて欲しいものだ。
帰りに麓にあるお寺【長円寺】を訪ねる。
入ってみて初めて知ったのだが、このお寺は江戸時代初期の京都所司代 板倉勝重さんの菩提寺だそうだ。
本堂の左裏にある肖影堂横に板倉家のお墓がずらっと並んでいて、歴史を感じる。ここで手を合わせ、ゆっくり見せて頂くが勝重さんのお墓がどれかは分からない。ただ、古いお墓には【従五位下 伊賀の守】の官位が必ず記してある。
万灯山とは長円寺の山号だったのか。
この日は別の登り口を行ってみることにした。
しばらく山道を降りていくと【小野小桜屋敷跡】という案内があったので、登山道をはずれて登ってみたら、このような看板があった。見にくいだろうから、下に転載する。
屋敷跡は、この辺特有の石で積まれた痕跡が残っている。周辺はヒノキが植林されていて鬱蒼として薄暗いが、当時は雑木林に囲まれ家の北と東が山、南と西が開けてとても明るいところだったと思う。
とんだところで、古代のロマンに思いを馳せてしまった。
一色町から車で15分ほど走った吉良町に、【華蔵寺】(けぞうじ)というお寺がある。吉良家の菩提寺であり、きょうは吉良上野介義央(よしひさ)公の命日、すなわち赤穂浪士の討ち入りの日である。
決して、イベントとして行われている法要ではないのだが200人以上の方々が僧侶の読経とともにお墓に手を合わせていた。
歴史というものは、評価が非常に難しいものであるが、現在では少しずつ不当に評価された方々の復権が始まっているような気がする。
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